<63>羽二重のおんな

<63>羽二重のおんな

ワタシは、嫌いなモノが意外と少ない。その少ないモノに何があるかというと、蚊とタバコ、そして美容院です。
このあいだ、久しぶりに美容院に行って、やはりヤダと実感した。何をどうやってもどうにもならない髪型になってしまった。なにしろ扱いにくい髪なのだ。

美容院というところは、長く座っていなければならず、メガネがかけられないから本も読めない。裸眼で読めていた頃はその頃で、何の本か?と聞かれて困った。べつに気取るわけじゃないけど、そっとしておいてもらいたいタイプなのだ。美容師さんがたまたまその本に興味を持っていて、何かを知りたくて聞いてくるなら、いくらでもちゃんと答えるが、どうせ、へえ、難しそうですね、と片付けられて、うすら淋しくなるに決まっているからだ。
肝心な髪型については、ワタシの云い方も悪いのかもしれないが、思ったような形にしてもらったためしがない。たったひとり、近所の美容院に自分に合うと思った人がいたが、ある日突然、青森の実家の父が倒れ、稼業をつぐことになりました、と云っていなくなってしまった。ワタシよりずっと年下で、背が低くてやせており、声の甲高い陽気な男子だった。このようにしてくれ、というと、あ、それいいですね、と云って、なんでも云った通りにしてくれた。複数回通った美容師さんは彼だけだ。彼も何の本を読んでいるのか聞いてきたが、彼にはちゃんと答えて、あらすじまで説明した。彼も、へえ、難しそうですね、と云ったが。

さて。
広島・四国ツアーの前に美しくなろうと思ったのがアダとなり、ただ髪が傷んで爆発してるひとになってしまったワタシは、もう一度同じ美容院に行って、どうにかしていただけたらありがたい、と申し出た。そしたら、店長らしき男性が少しマシにしてくれた。けども、いかんせん前回に切りすぎてしまっているし、とても傷んでしまっているので、それ以上は処置なし、とのことだった。

旅がはじまり、桜を見てふと気分が高揚したワタシだが、うっかり硝子にうつる自分を見ると、何度もゆううつな気分にひきもどされた。なんで大枚はたいて長時間かけてわざわざ醜くならなきゃならんのだ。
商店街を歩いていたワタシは、ふとショーウインドーにならんだカツラを発見し、ディスカウントされていることを知った。頭の中にピッと火が灯った。迷わず試着をし、そこのお兄さんが、とてもお似合いですよ、ぜんぜん違和感ないです、というので、ちょっと色が明るすぎないだろうか、とは思ったが、勢いで買ってしまった。ヅラ初体験。広島の皆様が買って下さったCD代は、かくしてカツラに化けた。

さてしかし。結局ツアー中のライブは地毛でやった。ムースやら何やらたくさんつけて、バリバリして、さわるとポキポキ折れそうだった。疲れて見えないように、ほお紅やら何やらたくさん塗った。

ツアーが終わった今、ワタシは一日一度はカツラをかぶってみる。とき同じくして、コンタクトレンズなるものも初体験した。へえ、みんなこういうことを普通にやっていたのかぁ、と、意外と刺激的だった。

でも、どうにもこのカツラ、つけていると暑い。短髪モノではあるけれど、ちょっと家事など本気ですると、暑い。だから、カツラを脱ぐ。
そして意外にも、かつらの下につける、羽二重ひとつでいることが、とても心地よいことに気がつく。ポニーテールなんかにしていると、そのうちパラパラ髪がほつれてくるが、羽二重はピタッとしたまま、ツンツン立ち上がる前髪もなくスッキリ(あれがあると一気に子育てに疲れたおっかさんみたいだ)、気分もシャッキリだ。頭が小さくまとまるせいで、鏡で全身を見ると、思いの外自分が肉感的に見えたりもする。ワーオ!!

かくして、ワタシは羽二重のおんなとなった。家の中ではもう、羽二重。宅急便も書留も羽二重で受け取る。あ、ごくろうさまです、と羽二重で。ハンコも羽二重で押す。
さすがにスーパーに行くときはまずいな、カツラをのっけてゆく。意外と刺激的。

 

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