<66>うらばなし

<66>うらばなし

4月、震災の自粛モードたけなわの頃。
一年もまえから日程を押さえられていた仕事が、ひとつとんだ。主催者は故郷しぞーかけんの、おそらくは半オフィシャルな、ある団体。しぞーかけんは、もちろん被災地ではない。富士川の向こうの、新幹線の駅が5つもある、のんびりした海辺のとあるけんです。

およそ一年の間、担当者の人とやりとりしてきた訳だが、電話のあとに必ずその内容を書面にしたものを郵送してくださるという、念の入りよう。担当者のひとは、携帯を持っていない様子で、一度、こちらから先方の職場に電話し、その人に代わっていただくよう頼んたら、いろんな人に代わられた結果、『誰のことだかわかりません』と云われて、受話器を置いたことがあった。

はて?と困っていたら、後日先方から、お電話をいただいたそうで、と連絡があり、実在する団体の個人だと確認できた。『誰のことだか不明』にはびっくりしたが、話した感じなどで、実直な初老の、パソコンなど機械操作は業務上とくに必要とされなかったため、覚えるチャンスなく来てしまったひと、という様子だったので、怪しい印象はついぞ受けなかった。結局、そのひととは、いちどもメールを交わすことなく、電話と手紙に終始した。

キャンセルの知らせも、電話と手紙だった。
なお、自分は今期をもって担当から外れます。
短い間でしたがお世話になりました。
鈴木様のさらなるご活躍をお祈りしております。』
とあった。

いちぶギョーカイ筋から、たとえ震災の影響であっても、キャンセル料というのは発生するので、ちゃんと請求すべし、と再三ありがたきご指摘をいただいたが、まあねえ、といいながら、チットモそんな気がおこらなかった。
震災の大きさに気後れした(というか、早い話が、メンドくさかった)という、『事務員スズキ』としては、怠慢この上ない理由が主だが、もうひとつ、何か不思議なモヤのようなものが、頭の中にうっすらあったからでもある。不吉なモヤではなく、なんかコミカルなんだけど。

今朝、そのモヤの正体がわかった。

そんなお話をかつていただいたことなど、すっかり忘れた今朝、見知らぬ電話番号から、お電話をいただいたのだ。第一声、
『スズキアミさんですか?』。
いきなり脱力し、そこで私も、ついうっかり
あ、はい。・・・・・スズキアキです』。
と云ってしまう。なんで、はいって、云っちゃうんだよ、と内心じぶんにツッコミつつ話を聞いていると、
『ワタクシ、あのう、この4月、4月に、震災で、地震で、やめに、キャンセルになりました、○、○○協会の・・・』
・・・その声は、お年を召したひと特有の、芯の拡散した枯れた声である。とてもゆっくり無骨だが、丁寧。前回の担当のひとと同じく、大マジメ。営業畑にいたような、こなれた感じ皆無。だから、ウケようと思って、スズキアミさんですか、と云った訳では、ゼッタイにない。もっともウケようと思って第一声にそんなこという営業マンはどこにもいないだろうが。
とまれ、このアナログ感と、ご当人たちの大マジメっぷりに、私は世知辛いこの世において、我がレコード会社(いちおうね)事務員としてのオフィシャルかつ’この世の常識’的対応を、知らぬ間に放棄せざるを得なかったのだ。

どこか似たような話が、かつて一度あった。
それも、故郷しぞーかけんの、別の、某半ばオフィシャルな団体からのオファーで、再三88鍵盤の電子ピアノさえ用意していただければ、とお伝えしてきたにも関わらず、当日61鍵盤のシンセサイザーしか用意されてなかった。港のきわのステージに、それがポツンと置かれていたのだった。
立って弾く感じの。あの、身の重心の置きどころない感じのそれが。

1、2曲ならまだしも、全ての持ち時間をこれでやるのはちょっと、と伝えると、
『そうかあ。・・・あのうー、らくぅーな気持ちでやってくれりゃあいいだけんねえ・・・』と、大マジメに仰るので、たしかに、もしも音楽と縁のない職場で、機械にうといとあれば、その二つの違いがピンとこないのも無理はないかもしれない、と妙に納得させられつつ、笑ってフニャフニャと脱力してしまい、しぞーかっていいなあ、と思ってしまったのだった。
けども実際は、どうしてもそれでは無理なので、いやあちょっと、と云い、云ったら云ったでなんのことはない、ものの15分ほどで、88鍵盤の電子ピアノが市の吹奏楽団の備品から、借りられたのだけど。

・・・朝の、くだんの団体の方は、再オファーのお電話の内容を、また書面でお送り下さるそうだ。その宛名がアミちゃんなのか、アキちゃんなのか、密かに私の楽しみになっている。
もちろん、私はこれを本番当日のMCネタにして、会場の親密感を増そうという目論見である。 ああ、しぞーかよ。我がふるさとよ。

・・・というか、終わったイベントでもないのに、こんなこと書いていいのか?・・・いいか。これぞ、しぞーか女の人の良さ。楽しいライブにしたいと思っている。

*もとい。静岡県の駅は全部で6つでした。

 

photo by Sonoko Kimoto

 

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