<81>ああ、生殖

<81>ああ、生殖

昼に焼きそばを作った。
ココナツオイルで新鮮な野菜をたくさん炒め、生姜も入れて豪華。豚肉は国産、再解凍じゃない。下味もちゃんとつけた。仕上げにコリアンダーを載せる。ちゃんと作っていい気分。焼きそばの出来上がりにあわせて、なめこのスープを温めて器によそった。

右手に焼きそば、左手にスープを持ってテーブルに運ぼうとしたとき、至近距離の流し周辺にコバエが見えた。それまでのどことなくいい気分がイラっとに変わって、捕獲せねばと思った。
主観的に家事はマメにやるほうだと思うが、それでも夏になるとたまにコバエが家で飛ぶことがある。蚊もイヤだがコバエの素早さ、しつこさはなかなか腹立たしい。

ゴキブリを嫌う女は多い。
嫌うだけでなく、恐怖している。見ただけでキャーキャー逃げ惑うのはまだしも、ゴキブリ、と口で言えない人すらいる。口から順に腐ってゆくとでも思うのか、Gとか言って。私も好きではないし突然出てこられると多少驚きはするが、それほどじゃない。そういうひとと一緒にいるときは、たいてい私が退治する係になる。スリッパや雑誌で追いかけて叩き潰す。殺虫剤は使わない。で、そういうひとはそういう私を、ありがとう、と言いながらキタナイ子みたいな目で見る。

ベランダにたくさん植木があって、当然初夏にはアブラムシやカイガラムシがついたりする。そういうのも、素手でこそげとって潰す。彼らは肉を食べないで、植物のいいところだけ摂ってるのだから、汚いはずがない。多少気持ち悪くても慣れるし、化粧品の材料になったりすることを思えば、むしろ肌にいいかもと思ったりする。
ひきかえ、ヤだなあとは思うがコバエも素手で取るのが常だけど、失敗の確率も高い。次に視界に入ったときに取ろうと思っていると、どんどん成長してたりして、それもまたヤな感じ。

だから、見つけた今、捕らねばならない。

右手の焼きそばをキッチンの台におろし、様子をうかがっていると、なんと見ているまえでコバエにコバエが寄ってきて、二人は挨拶を交わしたかと思うと、情も交わし始めた。ガン見している家主に何の遠慮もなく。しかも出会ってから1秒で。いや、もしかしてこの一週間くらいこの家の中で交際してたのかもしれないが、家主に何の遠慮もなく。

俄然、戦闘モードになった。
左手のなめこスープも台に置いて捕獲に集中しようと思いながらも、目を離すとまた見失ってしまうので、持ったまま数秒たった。彼らはランデブーしながら夏を、生と性を、謳歌している。謳歌って自覚があるかは知らないが。当然、単独飛行よりも身が重くなってるし、大きくなってる分見つかりやすい。一匹はすでに卵があるのか、お腹がでかいようにも見える。おまえ、この期におよんでまだ…。自分の眉毛がちょっとハの字になったのを感じた。

猫がやるみたいに片手で、狙いをさだめて一気に二匹とも握りつぶした。その反動で左手のなめこスープがこぼれた。こないだから整形外科にかかったりいろいろ、受難続きの左手がすっごく熱かった。

…つもりだったのが、注意深く拳を開いたら、小さいほうの奴が、何もなかったみたいに、ふう〜と右上方に手の中から飛び去っていった。私が潰したのは多分メス。『せい』の謳歌を一瞬で奪ってやけどした左手は今もちょっとヒリヒリしている。焼きそばは美味しかった。

ああ、生殖。南無。

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