また、正月のこと
子供のころ、百人一首が好きだった。
同じ日本語なのに自分の使うのとまったく違う響きがあって、ヘンなの、と思いな
がら興味をもった。100コ集まって一つのもの、というのも特別な感じがした。
祖母が『歌会』に入っていた。
うたかい、じゃなくて、カカイ、と呼んでいてクールだった。ときどき南向きの6
畳の祖母の部屋に集まっては、おばあさんたちが試験前の女学生みたいに紙を拡げて
いた。
祖母は、ほんとうに女学生みたいだった。結婚してから7年目くらいに夫の祖父を
亡くし、それからずっと娘と二人きりの生活。私の覚えているのは、老いてその南の
部屋で短歌を書いたり、短歌の話をしながら友人とお茶を飲んだりしてたこと。
今思えば、ちょっと屈折したところもあって、けっこう個性の強い人だった。
そういうわけで、祖母とは百人一首で遊ぶことがよくあった。でも、一度も歌の意
味を教わったことはなかった。全部そらでいえるようになっていたけど、意味はわか
らないし、切れ目もめちゃくちゃ。
高校に入って、古典、とかいう授業で百人一首をやったとき、とてもイライラした。
なんでかというと、とっても濃厚な恋愛の歌があんなにもたくさんあったのもひとつ
だけど、なにより、自然の描写に必ず自分の感情をなぞらえているのが、もうたくさ
ん、と思った。
流れる滝が二またに別れる、でも下の方でまた一つになっている
…と同じように、今は二人別れても、きっといつか一緒になれるのだ
とか、
月をみて涙が出て来る私であるよ
…本当は涙させるのは月などでなく心変わりをしたあの人なのに
とか。
歌の肝にこそ、拒否反応のようなのを感じた。え、私のお気に入りだったあの響き
にこんなにぎっとり意味が盛られていたの? 喪失感のようなショックがあった。
ああ、滝の白いのがふた手になったなあ、ああ、またくっついたなあ、
ただそれだけのことじゃすまないのか?
ヒトはただただ月をみて涙するわけにいかないのか?
そこまで具体的な不幸がないとヒトは泣かないものなのか?
私が子供だったのもあるだろうが、今思えば『訳すことの弊害』もある。云わずに
留めておかれたものも、訳すと必要も出て来て、云ってしまうことがある。実際、ワ
ケもない涙、ってあるものだ。
それをあえて口にするには、『私はなんだか泣けてきた』。それだけじゃ伝わらな
いので『○○をしていると』とか『××を見ていたら』がつく。さらに、そこには
『当時つらい恋愛をしていて』とか『不遇にあって』とか、個人的な心理状況。そう
いう、丁寧な訳の、負の部分。同じ言葉をつかい、同じ社会の仕組で生きてたら、必
要ないかも知れぬもの。
以後、葉っぱをじいとみつめていると、どこかの時代の誰かの嘆きが聞こえてくる。
木の枝が枯れるのをみると、死ぬ人の気分になる、風が吹くと、雨が降ると、桜が咲
くと、鳥が飛ぶと…
目に見えるあらゆるものに、誰かが歌に込めた感情が浮かび上がってくるみたいな
気がして、うげえ、と思った。いや、遠い昔の話ですけど。
今年の正月、母と一泊である宿へ泊まった。部屋から海が見え、正月には珍しく曇っ
た向こうの島に舟が音もなく行ったり来たりするのをみて、
ゆらのとを渡るふな人かじをたへ ゆくへも知らぬ恋のみちかな
を思い出して、『…って、あたしあの歌けっこう好きだったなあ。ちょうどこう
いう曇った海を舟が行くんだよ、アタシの頭ン中じゃあ。で、船頭は棒を一本持って
るだけの、やせたおじいさんでさ。かすれ声の。』
と母に云うと、母は『あたしはあれが好きだったよオ』と、(どの句か忘れたが)
詠みはじめた。が、下の句が間違っていた。『やだよお、年とるとあんなに好きだっ
たものも忘れちゃうだね。』と云った。
そういえば、おばあちゃんはどれが好きだったんだろう、と聞くと、『あの人はね
え』と母はしばらく考えて、『ええ、と、下の句が、乙女の姿しばしとどめん、てい
うの。』とまでは云ったが、上の句は二人ともどうしても思い出せなかった。
『あと、あたし、ももしきやふるきのきばにしのぶにも なほあまりある昔なりけ
り、も好きだったなあ。』というと、
『あんたア、子供の頃から枯れてるのが好きだったからねえ』と云うのだった。
そういえば小学生のころ、理想の男性はときかれ、三木のり平を指差して、『やだ
よオ、この子は。』と云われた。
東京へ戻って、すっかり日常に戻った頃、たまたま新刊の百人一首に関する本を手
に取ったら、例の上の句がわかったので、似合いのポストカードに、
『天つ風雲のかよひじふきとじよ をとめのすがたしばしとどめむ 僧正遍昭』
と書いて母に送った。
母は、宿で百人一首の話をしたことを忘れていたようで、返事もくれず、なんの反
応もなかったので、ちえっ、と思った。よくこういうとき、私は母より情の深いタイ
プだ、と思う。でも母は年のせいにする。
ちなみにそれは、その先人達の歌を全くの好き嫌いで品定めしてやる、という本で、
祖母の好きだったその一首のことを、ぼろくそに云っている。が、訳すことはなく、
それを詠んで作者が何を思ったか、だけが書かれている。
私が祖母を『女学生』となんとなく思っていたのは、その歌の『をとめのすがた』
という言葉とダブっていただけのことかも知れない。

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