コキのペンギン

 アルゼンチンから戻った。ほぼ2ケ月、ひさしぶりの長旅だった。
 リリアナ・エレーロにくっついて、真夏のチャコという町へ歌いに行った。死ぬほ ど暑く、死んだかと思うくらい蚊にさされた。ワタクシは普段、文句も少なく恨みは 2時間もすれば思い出せなくなる。恨んだことはしばらく覚えているが、何をどのよ うに恨んだのかがくやしいくらいに思い出せない。が、蚊とタバコに関しては文句も 恨みごともたっぷり、神経質なほうだ。
 キンチョー蚊とりマットみたいなのは、ブエノスアイレスで見かけたきり、チャコ のような北部の町ではついに出会わない。窓には網戸のようなものはない。なのに皆 窓を開けて寝ている。だから蚊が入るのはあたりまえだ。放っておけば30カ所くら い刺されて、安らかになど眠れるはずがない。虫よけクリームを買って、始終わが身 にぬりこむのが日課になった。

 リリアナたちが他の町へ移ったあと、私と同行の工芸作家シマさんは、夜行バスに 乗るまでの間、コキに町を案内してもらった。
 コキ・オルティスは、成年男子、ギターをひきながら歌うチャコ在住のミュージシャ ンで、リリアナもよく彼の曲を歌う。彼とは2年前にブエノスアイレスで出会い、あ まり言葉も交わさなかったが、撮った写真には良く写っていて暗室で一方的には見知っ た顔だ。

 コキの妻、マリア。年は私とほぼ同じ。黒い瞳、黒い髪。ゆっくり歩くその感じが 優雅でなんだか色っぽい。いろんな血が混じってるというだけで、何もしゃべらなく ても訴えて来るものがあるものだ。
 娘、パロマ、6才。コキ似の金髪。シマさんはパロマとすっかりお友達になり、な んとも嬉しそうに会話している。何語ともつかぬことばで。子供は言葉なんか何だっ ていいんだ。というか、シマさんも。

 5人でマテ茶をまわしながら車で物見にでかける。
 コキは自分から何かを喋ったあと、必ず、日本語でそれはなんと云うのか?と聞く。 イヌは何というのか、というから、『I NU だ』と答えると、なんども『I NU, I NU』 と復唱し、云ったあと少し笑うのだった。実際おかしかった。というのも、コキはと ても耳が良く、私やシマさんが『NU』というとき、そういえば少し鼻に抜ける音を、 完璧にマネしたから。

 ブラブラと歩く時も車にいるときも、ずうっとずうっとマテとポットだけを手に持っ て、なんと時間はゆったり過ぎたことだろう。
 枝打ちされていない巨木。水はけの悪そうな道。日陰と日向のものすごい温度差。 知らない鳥たち。
 シマさんが『なんだかこっちは色がいいよなあ。』と云う。
 私もいつもそう思っていた。『そう。なんかいつもどっかに白が入ってるみたいな ススけた感じがね。』そしてコキたちに伝える。
 『ワタシタチハ、アルゼンチン、スキデス、イロが、なんだか。』

 ああ、こういう時間が欲しかったよなあ、と思い出した。
 忘れるのは恨みばかりでない。50円にぎって家を出たものの、何を買いたかった か忘れて菓子屋を後にした頃と基本は同じだ。そうやってなんだか知らないが30ン 年経った。
 たいていのことは忘れてしまっても構わないが、例えばマリアが色っぽいなあ、と 思った時とか、アルゼンチンの色が好きだと云った時のコキのうなずく様だとか、そ ういうさもない瞬間を忘れ去ってしまうのは、この世の大事な記憶を失うようでいた たまれない。
 そういう愛着は一体どこから湧いて来るのだろう。身内でもなく、長く良く知って いるとか、共に何かを成し遂げた仲間、というわけでもない間柄なのに。

 コキの家は仲間の工芸家や画家たちとつくったモダンで気楽な家。こんなところで 暮らしたら、忘れてしまうことへの危惧すら感じないだろう。忘れたことも思い出さ ないかも知れない。ただ、'愛と友情と今'があるだけ。
 未知なるものへの欲目も手伝って、そんな気すらする。

 コキは私とシマさんにひとつづつ、陶器でできたペンギンのワイン差しをくれた。 ペンギンの口からワインが出て来るやつだ。なんだかおなかのあたりがジワリと暖か くなるのを感じた。シマさんも言葉数は少ないがそう思ってるのがわかる。
 別れ際に『短い時間だったけどいっぱい知り合ったね。』とコキが云った。

 後日シマさんも先に帰国し、ひとりホテルの部屋で蚊のあとをボリボリ掻きながら ふとペンギンを出してみると、中から中くらいのゴキブリがチョロチョロとはい出し て来た。
 痒いのを忘れた。かわりに、コキがライブで何か喋ると聴衆がどっと笑うのを思い 出した。

 『コキズ スタイル。』とわざわざ英語でひとりごとを云ってみた。


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