カラスの仕業

 今まで、カラスは意外と好きだった。
 秋の夕ぐれ、葉のない柿の木に実だけが鮮やかにたくさんついていて、その横でゴー ンと鳴る寺の屋根の上を、アワワッ、アワワッ、と飛んでゆくのが好きだった。映画 の寅さんでも一番好きなシーンだった。

 ここ数年、ベランダのさもないものがときどきなくなることがあって、風か、泥棒 か、と思っていたら、カラスだった。カラスは下着など盗まない。クリーニング屋の はりがねハンガーにせんたくばさみがいっぱいくっついたカラフルなのが(私の下着 がカラフルでない、という意味ではないね)、彼らのいちばんの狙い。

 うちのベランダの向かい、8メートルくらい先に、美容院の屋上がある。そこのオ バハンがポインセチアやなんかの鉢植えを並べていて、まい朝早くにキッチリ水撒き している。
 ある日、ものを干そうとしたら、カラフルハンガーがひとつもなくなっていて、は て?と見回すと、なんとハンガーが向いの屋上のポインセチアとポインセチアの間に 落っこっていて、花に負けじとカラフル光線を放っていた。カラスが盗んで運ぶ途中 に、あんまりたくさんせんたくばさみがくっついていて重くって、落っことしたんだ ろう。

 春になるとにわか園芸をはじめ、やがて来る夏の灼熱&留守で全部、まるで跡形も なかったように朽ちさせる私も、コケ(杉ゴケ)と赤いカタバミ(百人一首では、お ちぶれ、さびれの象徴だけど、春になると小花が咲く)とツタだけは、真夏に死に絶 えたように見えてもやがて復活するので、えらいと思って置いている。
 でも、カラスはそんな復活のときのうすく柔らかく、ビニルのような光沢をもった 新芽をむしるだけむしって、コケの新緑をほじくるだけほじって、それを美容室の屋 上のわきの電柱から眺めている。むしられた新芽はそれでもコンクリートの上で何時 間かつやつやしている。

 うちのベランダの灼熱はすごい。灼熱とそのうえ放置を耐えてまで生きようとして いる生き物を、食べるわけじゃないのに、ひどいじゃないか。

 と思ったが、故郷やいづ港の釣り場のコンクリートの上に、ひからびた小さな赤い 魚(釣り人たちは金魚と呼んでいた)や、小さなフグがたくさんこびりついているの を思い出した。もっと大きな魚を釣りたいのに小物がひっかかってしまい、針からは ずすとそれを地面に叩き付けて、その上足でふんづけるのだ。
 海へ戻してもいちど針にかかると生きられないんだろうか?
 子供のころから、見てると痛かったが、大人からは、そういうこともあるから慣れ ろ、騒ぐな、と云われた。よし、慣れよう、と思った。

 実家の死んだネコのトラちゃんも、窓際に置いてあったウバタマサボテンを、いっ つもほじくってはコロンと床に転がしていた。いくど鉢に戻しても、やっぱりいつも サボテンはコロンと床にあった。食べるわけじゃないのに。それを見つけるとサボテ ンよりむしろトラちゃんが愛おしかった。なんだ、あたしの感受性もエコヒイキした り、いいかげんだな。

 今、うちにはこの他パセリと、イズミさんと呼んでいる、室内から出さない鉢植え がひとつある。イズミさんという人からいただいた鉢植えだからそう呼んでるのだけ ど、新芽がいっぱい出るわりに大きくならない。鉢が小さいのだろう。でっかいのに 変えてやろう。あと、引っ越してもっと広い所に住んだら、玄関に鉢植えの山椒を置 こう。

 あ、カラスの話をしてたんだっけ。
 2006年に来日したリリアナ・エレーロは、京都の町を一緒に歩いていて、カラ スの群れに近づかれ、怖れおののいていた。大嫌いだし怖いのだそうだ。
 こないだ、いつもうちのベランダを美容室の屋上わきの電柱からジロジロ眺めてい るやつらが、なにかをめぐってケンカして、一羽は毛がむしられ肉がむき出しになっ ていたのなんかリリアナに見せたら卒倒するだろう。アワワッ、アワワッ。

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