実家の午后

 土地の神さま、水や火の神さまは‘いるなア’と思ってきたけれど、このごろ妙に ‘風の神さま’を思うようになった。神さまと云うとなんだかロマンチックに聞こえ るから、云い変えると、風って意志があるみたいだな、時には、今ここにいるアタシ のために吹いてるみたい、と、ちょっとジコチュウ的に気持ち良くなる、ってことで す。

 久しぶりに実家へ帰った。たまたま猛暑をはずれて、風の神さまがのんびりたむろ してるみたいな日。きのう、‘夜風は年寄りと病人を殺す’なんてとうてい思えない、 心地よい夜風を入れながら、久しぶりにせんべい布団でよく眠った。朝は日射しに起 こされ、まるでリゾート。

 午前中、なんとなく墓参りに行く。手ぶらで歩く。手ぶら、好き。本が無事に出た こと、ライブにたくさんの人が来てくれたことなど、報告(頭の中で)し、帰ろうと したとき、ご住職に、帽子が‘新式で’カッコイイ、とほめられた。

 家に寄って、昼食。みそしるをつくり、冷凍ギョーザ、余りメシ、ゴボウのおしん こ。

 午后、青果市場へ向かう。青果市場で肺ガン検診。上半身、金具のない服そうで、 と案内に書かれていたが、受付の人に、検診車内で下着をとるような場所はあります か?と聞くと、家でとってきて、と云われた。めんどうくさいから、順番待ちの列に ならんだまま、前後はオジイサンばっかりだからいいや、と、Tシャツ下の下ギをと る。とって、サッとバッグに入れる。ふっと解放感。青果市場でブラジャーをはずす。 最高。

 検診が終わると、市場の前にある洋品店で、あたらしいデザインの魚河岸シャツを 一枚買う。たらんたらん歩き、子供の頃よく来た家具屋がなつかしいので、つい入っ てみる。なんという広い敷地、広い駐車場。しかも3階立て。

 このごろ、なんか私が近々、お金持ちになるような気がして仕方ない。灼熱の28平 米アパートに、狭い狭いと云いながら暮らしている。家賃を払うたび、盲腸でも とられるような思いもする。それなのに、もう金持ちになったかのような気がしてい る、湧いて来る、このフシギ。
 だから、高くていい家具、シックだけどシャレたカーテン、よく眠れそうなベッド など、ラクショウ、って気分で眺めつつ、50円の急須を見つけたので、買う。広− い店内で見かけたのは、私のほか、たった3人のお客さん。  そう、私がいちばん心安まるときは、飛行機や長距離バスを待って待合室にいると き。または昼下がり、いなかの市役所や、ガランとした家具屋に、ぼうっと立ってい るとき。

 家具屋を出て、通っていた中学わきの藤棚の下を歩く。花が終わって、大きなイン ゲンマメみたいのがたくさん吊るさがっているのを、庭師の人たちが棚の上にのぼっ て切っている。‘新式’の帽子の上にインゲンが、ぱらんぱらん落っこちてくる。庭 師は笑っている。

 新しい家が増えた。新式の庭。その前を流れるソッコウ(ドブ)には、大きな大き なコイがたくさん、背中をちょっと出して泳いでいる。コイがふりかえると水が、ぺ ちょ、とか、ニョルッ、とか、かすかな音をたてる。

 ああこの音!なんたる幸せの音!ドブに入って殺生した昔がよみがえる。

 恍惚に酔いながら家へ戻る。このごろの私の幸せには、理由がいらなくなった。も ちろん、不幸の理由があれば不幸になる。とくになければ、だいたい幸せ。いや、本 が出たから、うれしいんだやっぱり。

 家にはいると、美容院に行った母はまだ戻っていなかった。猫が風の神さまと閑談 している。誰もいない実家の午后。わけのない幸せ。

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