南風(パイカジ)対談 (2/3)
Y うん。そこらへんは結構ね。
ウチの姉妹は、それぞれ店を出すなんていうときには
一切親の世話にはならない、って。
特に妹は池袋の居酒屋でバイトしてお金ためて(笑)。
全部自力で。
沖縄だったらそれこそ母のつてでお願いすれば
いくらでも助けてくれる人もいるとは思うんだけど、
一切頼らなくて。意地、というか。
鈴 へえ。みんなそういう風なんだ。
Y あたしが一番ほののんとしてるかな。
死ななきゃ何やったっていいや、っていうとこがあって。
鈴 昔から?
Y うん。だからぜんぜん大学なんて興味もなかったし。
行こうなんて思ったことなかったし。
鈴 あたしも高卒だよ。
ま、あたしの場合は受けてオチたんだけどね。
Y あ、あたしも一応オチたんだけど。
鈴 なんだ。(一同大爆笑)
鈴 あたしはね、そのころ反抗期の真っ最中で、
ぜんぜん受験勉強どころじゃなかったの。
反抗期の根っこに『自分はなんなんだ』っていうのが
こんななっちゃってて(頭を覆う仕種)、
ぜんぜんそれどころじゃなかったんですよ。
で全然勉強しないで受験だけやって、
万が一受かってたりなんかして、
なんて東京まで合格発表見に行ったらやっぱりオチてて。
で、海の方へ行きたいと、その足で横浜の方までいって、
港の見える丘公園かなんかでベンチにしばらく座ってたの、
オチたなあ、って、味わいながら。
で、落ち着いてから公衆電話でウチに報告にかけてみたら母が、
あんたそれどこじゃないよ、って。
通ってた高校の先生が中核派で、自宅の押し入れに
自作の爆弾をたくさん持ってて、逮捕されたの。
全国的な大ニュースで。社会の先生だったんだけど。
(一同驚き・笑)
それで結局、受験にオチたことなんて
誰にも全く構ってもらえなかったの。
力が抜けたねえ、あれは。(笑)
ヘンな気持ちで新幹線でウチに帰ったよ。
Y 静岡だよね?
鈴 そう。あたしは大学行きたかったけどね。家から出れるから。
Y ああ、そうか。あたしはねえ、受けたところに、
身体表現の実技とかあるところで。
なんかその場で即興でやるっていうので、
実技はすごい良かったと思うの。
ほめられたし、これはイケる!って気配がその場に出来たの。
でもぜんぜん試験はダメで。会場で寝ちゃったりして。
もうわかんないからいいやって。(笑)
でオチたんだけど、親が、じゃあ、この大学の分の4年は
自分のやりたいことをやりなさい、って云ってくれて。
うちのロシア料理の店(スンガリー)や焼肉屋でバイトしながら
ダンスや演劇をするようになって。
鈴 へえ。
Y 別にそれを仕事にするぞ、
っていう感じじゃなかったんだけどね。
でも、仕事になったほうがいい、というか、
売れた方がいい、とは云われたけどね。
どうせやるなら、って。
ま、簡単なことじゃないけど。
だから今は逆にちょっと淋しそう(母が)。
みんな自立しちゃったから。
鈴 Yaeさんはお父さん似なの?
Y そうだねえ、私が一番父親似かも。
姉妹の中では。性格は母似だけど。
でも一番似てるのは千葉のおばあちゃんかな。
藤本家の血というか、
おばあちゃんの若い頃にすごく似ているの。
鈴 一親等、っていうんだっけ、おばあちゃんと孫の関係、
良く似る、っていうよね。
Y おばあちゃんね。ウチは父方も母方もまだ両方とも元気だから。
おじいちゃんは両方とも死んじゃったけど。
鈴 ええ、じゃあ、女丈夫系なんだね。
Y 女、強し、ッて。(一同笑)
私もやっぱりこの世界に入ってみて、
母親のスーパーさ加減がちょっとわかって来たかも。
母親はもう、3日に一回はライブやってるのね。
鈴 うん。ずうっとそのペースでしょ?
Y そう。40周年だからねえ。
鈴 すごいよねえ、ハンパじゃないよねえ。
Y うん。それで取材一日10本、とかね。
子供の頃から私がいちばん現場に連れてってもらってたかも。
南アフリカでレコーディング、とか。
鈴 へえ。なんでYaeさんだったの?
やっぱりその頃からこの子にはこういう道が向いてる、
って思ってたのかなあ。
Y どうだろう。でも、どうやら、子供の頃は姉のほうが、
テ−ブル乗って唄っちゃう、みたいなところがあったらしい。
で、蛙の子は蛙ねえ、なんて(笑)。
でも姉は最初の子だからけっこう大事に大事に
育てられたらしいのね。
で、二人目になると、テキトーになってきて。(笑)
こんなのも食べさせて大丈夫、とか(笑)
そんなにちゃんと寝かしたりしなくても大丈夫、
みたいな(笑)。
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