南風(パイカジ)対談 (1/3)

鈴木亜紀 vs Yae

yae profile
故 藤本敏夫・加藤登紀子の次女。
17才のとき身体表現に目覚め、95年より音楽劇『コルチャック先生』の歌手役に抜擢される。
99年より本格的歌手として活動開始。 2001年、アルバム『new Aeon』でポニーキャニオンよりデビュー。
コンサート活動、CM、映画やゲーム(ファイナルファンタジー)の 主題歌など多分野で活躍。2003年2ndアルバム『Blue Line』を発表。
鈴木亜紀とはYaeさんのラジオ番組(new Aeon FM京都)に ゲスト出演させてもらったのがきっかけ。
Y:Yae 鈴:鈴木 ホ:カメラのホンダ
鈴・Y じゃ、乾杯!
鈴 いつもね、『かんぱーい』から始まるの。(笑)
こんな陽が落ちてからやることもめずらしくて。
いつも昼間の公園とかなの。
Y そうなんだ。じゃ、昼間から飲んでるんだ、いつも。(笑)
夕刻、某事務所にて。鈴木の沖縄みやげの泡盛と、
スーパーのさしみと巨峰。
鈴 あ、なんかあたし髪ボサボサだな。・・いいか。(ひとりごと)
あたしはYaeさんと話してみたいのは家族のことなんだけど。
Y 家族ねえ。普通の家族だけど。
鈴 反抗期は?
Y 反抗期は今も(笑)。三姉妹のまん中で。
鈴 あ、まん中はねえ、何か造反するんだよね。
Y そう。なんでだろう。
沖縄の話になっちゃうけど、母がね、返還前の30年前から
沖縄によく行ってて、嘉手苅林昌さんとかと
『モウアシビ』とかやってたみたいで。
鈴 あ、モウアシビ、って『毛』って書くやつだよね、
『毛遊び』って。
夜みんなで集まって遊ぶやつでしょ。
Y そうそう。それでもう沖縄では
母のファンみたいな人たちがたくさんいて。
母も沖縄のことは凄く詳しいから
いろんな唄も知ってるんだけど。
鈴 うん、こないだも波照間行ったら船着き場の食堂で流れてたよ、
加藤登紀子さん。
Y そう、結構流行りの島唄みたいなのじゃなかった?
この頃そういうの多いみたい。
鈴 そういう、活動の内容みたいなことで話し合ったりしないの?
アンタこういうのやりなさいよ、って云われたり、
逆にYaeさんから、こういうのやれば?って提案したり。
Y そういうの・・は、ないなあ。(笑)
結構(母は)ロック魂みたいのが(笑)あって、
ガンガンなのが好きなのね。(笑)
だからワーっと盛り上がらないとコンサート終われない、
っていうのか。
鈴 (笑)あれだけたくさん大きな会場でやってくれば
そういうものかもね。
Y うん。私の場合は、結構身近なスペースで
まったりとやるってのが好きだったりするんだけどね。(笑)
鈴 頻繁に(お母さんに)会うの?
Y 会わない。二ヶ月に一度、くらいかなあ。
たまーに向こうから電話かかってきたりして。
鈴 『最近、何やってんの?』って?(笑)

Y (笑)いや、なんか用事があって。
うち、去年の夏に父が亡くなったんだけど。
父がいたころはけっこう家族で集まったりしてたけどね。
まあ、みんなそれぞれ忙しかったから。
記憶によると(両親が)50代になったころからやっと、
家族、とか夫婦、とかいう
感覚がでてきたようなところがあって、
それまでは家にあんまりいないし。
両親ともそれぞれやろうとしてることが
すごく強い思い入れのある大きいことだったから。
鈴 うん。そうだよね。じゃ、そういう中で育ってきたのね、
Yaeさんは。
Y うん。三姉妹で良かったかなあ。そういう意味では。
姉妹はだからすごく仲がいいの。
姉は青山でギャラリーをやってて。
妹は沖縄で店やってるからみんなバラバラなんだけど。
鈴 性格的に共通してるところは?
Y みんなせっかちかな(笑)
鈴 江戸ッ子?(笑)
Y かなあ。ウチね、家系が『商人』なのね。
ふつう、ルーツってけっこう武士だったり
いろいろするじゃない?でもウチはほとんど関西の商人なの。
鈴 素晴しいことだね、それは!
あたしね、ホントにそういうとこ欠けてるの。
商人の資質がゼロなの。(笑)
だから今、大事に育ててるの。(笑)
Y (笑)でも音楽なんかやってると、
基本的に商売にならないもの、って思ってないと
イカンだろー、って。
鈴 うん。商売ってさあ、すごく奥は深いけども、
やっぱりこの辺(おでこの先を指して)の事なんだよね。
だからそれより遠くの方に意識が行ってないとね。
Y そうそうそう。
鈴 でも何かする、って云ったらやっぱりお金もかかるし。
Y そうそうそう。
鈴 そこらへんがね。学ぶべき、というか、謎の世界だね。(笑)
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