<05>ドイツ片道

NO IMAGE

久しぶりに兄のMに銀座で会う。
Mはもう長くドイツに住んでいる。はっきり云って成金である。お金持ちは異星人に見える私であるが、同じDNAを持つ身近な存在に成金がいると思うと、不思議な気分だ。ひょっとして私も、と要らぬ色気を出したりして。
もっとも、Mは成金『傾向』があるだけで、実はお金持ちではない、と私は踏んでいる。私とMがそろうと、話題は2つ。金の話と家族の話。みごとにいつもそればかりだ。

今回のMの来日は、親友のお葬式のためだった。べつだん気落ちしたようにも見えなかったが、やはり苦い気持ちであったと思う。電話をしてみたら今夜はあいている、というのでじゃあ銀座で会おう、ということになった。

何を食べたいか聞かれ、何か高いもの、と答えた。うどん屋やカレー屋を通り越して、フランス料理屋に入った。Mはまずドライシェリーを一杯頼み、ああいいね、と私もシェリーを飲んだ。その服装を見て、『それにしても成金だね』と云うと、『まあな。』とうれしそうに答えた。

『実は今日は商談があってやってきたんですよ。』そう云って私は自分のCDを売り付けた。一枚。それと、仕事でいいことがあったらしいのでそのお祝に、齋藤亮一さんの写真集をプレゼントした。Mはページをめくりながら、おお、いいな、と悦んでいた。

我々は金の話をしながらコース料理を食べた。
Mは私を『タコ社長』呼ばわりし、別段否定する理由も無いので甘んじた。Mはレストランの人に『こいつ歌うたってるんですよ、うへうへ。』と笑いながら云うので恥ずかしかった。お店の人はテーブルの上のCDをしげしげと見て、そうですか!こんど探してみます、などとサービスを云っていた。

そういえば、1stアルバムが出た時、故郷のレコード屋の店頭に自分のCDがあるのをMと見に行ったことがあった。店の外で待っている私に、Mはうへうへと笑いながら、大きな声で『おめえ、あるぞ!』と云いながら出てきたのを覚えている。

めずらしく食事はMがおごってくれ、その後、私を新橋の駅まで送った。とちゅう、『おめえ、花いるか?』というので、オレンジのチューリップを2本買ってもらった。400円。

CDがナン枚だか売れたら、お祝いに私をドイツに半額出して呼んでくれるそうだ。もっともこの手のハッタリは子供のころからしょっちゅうで(このころから成金的発想で)、ニーチャンが××歳になったらオメエにニースに別荘を買ってやる、とか、ベンツ買ってやる、とかいつも云っていて、もちろんどれひとつ実現していないのでいまさらどうとも思わない。それどころかMがデートに出かける時に高校時代お金を貸してやったりもした(戻ってきていない)。

でも、この頃はMのハッタリもだんだん現実的になってきた。ドイツ片道。つぎ会う時は何と云うだろう。

<05>