<62>黒はんぺんサンド

<62>黒はんぺんサンド

古くからの貴重なワタクシのフアンのOさんが、仙台に転勤になるということで、近所のNさん宅で(歩いて2分!)送別会の予定になっていた。が、それは地震の影響で、送別会ではなく、普通の飲み会になった。Oさんの転勤は確実ではあるけれど、延期になったそうである。

3月はじめ、わたしは、敬愛する二人のミュージシャンを連れ、焼津の実家に帰った。そのとき買ってきた山徳(という、まあ、ブランド)の黒はんぺんを冷凍してあり、以来、この日のために架空のレシピ、『黒はんぺんサンド』なるものをつくって持ってゆこうと、思っていたのだ。お連れしたうちのひとりが、『ぜったいタルタルソースで食べるべき』と云っていたのが耳に残っていて、もう、ぜったいタルタルソースで食べるべき、と思っていた。

停電などのスキ間を縫って、材料もペース配分も、全てが用意周到に行っていた。作るべきはタルタルソースとふつうのソースの二バージョン、黒はんぺんサンド。
アタシが作らず、誰が作ろう?

冷蔵庫には2つしか卵がなかった。タルタルソースには茹で卵を使う。そのために、ひとつだけ卵を茹でること、と前夜から自分に言い聞かせていた。
なのに。
土壇場でなぜか2つ茹でてしまった。地震の影響で、卵やパンがスーパーから消えるという事態になっていたけど、よしよしウチには2つ卵があるから大丈夫、と思っていたが、そのよしよしだけが記憶に残って、フライに生卵が必要なことを忘れていたのだ。すでに半熟になった頃それに気がついた。その後買いに行こうにも、卵が売ってなかった。
しょうがないから、パン粉がつけやすくなるように、天ぷらの衣をつけて、その上にパン粉をつけた。つまり、『パン粉で揚げたものをまたパンではさむ』どころか、『小麦粉を溶いた天ぷら衣にパン粉をつけてフライにしたものをまた小麦粉で出来たパンではさむ』という、必殺コナ固めとなってしまった。パフパフ。

とはいえ、おだやかに時は過ぎ、みなさんからは普通においしいよ、との感想をいただき、久しぶりに酔っぱらって、また2分あるいて家に帰ってきた。
郵便受けで、同じ集合住宅の他の住民とすれちがい、何かを聞かれ、何か答えたが、その内容がちっとも思い出せない。ドシン、バタン、と家に入り(つまりいろんなものにぶつかりながら)、ゴロンと寝転がって2時間たち、ふと起きてメールの返事をしたり、お風呂に入ったりしたが、そのとき自分を鏡で見たら、唇がワインで黒くなっていて、ちゃんと塗ったはずのファンデーションが浮いていて、目だけがらんらんと光っており、すっごい変な顔をしていた。この顔で、他の住民と、私いったい何の会話をしたのかしら。

この集合住宅では、いわゆるカタギのご家族ばかりなので、なるべく悪い印象を与えないようにワタクシなりに今まで気を遣ってきたつもりだが、きっと台無しになった。
まあ、いいか。黒はんぺんサンド、おいしかったし。写真くらい撮っておけばよかった。

 

 

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