<65>風のいろいろ

<65>風のいろいろ

このごろ、風が怖い。気のせいか、強風の日がとても多いと思うのだけど。

強風だからって、窓を閉めてしまえば暑いから、仕方なく窓を開ける。すると網戸ごしに、砂のジャリジャリまざった風が、凄い勢いで入り込む。床がザラザラする。カーテンは猛り狂ったように踊る。懸案事項としてまとめてあった書類や手紙が部屋中を舞いだし、それを拾って歩く。まとめて上に重しのようなものを置いておくと、重しごと、また吹き飛ばされる。モノが割れて、破片を片付ける。花瓶が倒れ、拭き掃除に追われる。ヘタすると、それで一日終わってしまう。
紙の類だけじゃなく、写真、貴重な本、故障しちゃうかもしれないのに携帯電話、電子辞書、パソコン、とにかく、ありとあらゆるものがザラザラしている。ピヤノまでもザラザラで、腹立たしくなる。

まるでパタゴニアにいるみたいだ。南米の南の果てである。
あすこでは、のべつまくなしにビュウビュウと風が吹き、長い髪などまるで頭が何匹ものヘビでできている、伝説上の生き物みたいになる。悲しくなどちっともなくても、目に涙がたまってきて、それがレンズになって、自分の足がはるか下の方に見える。いきなり30センチも背が伸びたみたいに感じる。

そういえば、故郷の海辺も、駿河湾の中は穏やかだが、遠州の外海に出ると、やおら風がきついのを思い出す。風がきついってことは、波が荒く、波乗りの姿も外海をきっかけに、多くなる。
そういう浜辺によく育つ、ハマゴウという植物が昔から好きだ。紫色の花をつけ、スミ黒の実をたくさんつける。葉はユーカリみたいに白っぽい。実も葉も、つまり、マット仕様な感じが美しい。実から、なんとも上品ないい香りがする。
ことし正月、渥美半島の先っぽ、伊良湖に行ったとき、浜辺で風にこれでもかとしならされていた、ハマゴウの実を取ってきて、植えておいた。ずっと芽が出なかったから、もうすっかりハマゴウのことなど忘れていたが、今日ベランダに出たら、三つ葉のとなりに、ひょっこりハマゴウらしきものが育っていた。全長5 センチくらい。嵐でもないのにしょっちゅう吹き荒れるベランダの強風に、故郷の浜辺と勘違いしたんだろうか。
風は怖いが、ハマゴウはちょっと嬉しかった。

 

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