<72> 『風呂場の棚をもう一段増やす計画』頓挫

<72> 『風呂場の棚をもう一段増やす計画』頓挫

ワタクシごとだが、この春同居人ができた。
それにともない、風呂のタオル棚を二段に増やす必要が出てきた。
実はウチには木切れなどがたくさんあって、いつかそれで何か役に立つものを作ったら楽しかろうと、捨てずにとってあった。やっとそれらに出番がきたと喜び、寸法をはかり、天板になるものと、足になる木切れの、これから切ってもらうはずのところに線をひいて、近場のDIYの店に運んで行った。

ものごとは、そう思い通りに行かないことは、この私もある程度まとまった年月を生きてきて、知っている。だから、今はもうその店では、’諸事情により’ 持ち込み木材はカットしてくれないと云われた時も、まあ得てして良きシステムは諸事情に負けるものだよ、と平静だった。

しかし待てよ。
思いついて、別の大きなDIY店に行ってみることにした。そこだと、会員になるといろんな特典があるはずだ。
行ってみたら、やはりその店のクレジットカードに加入すれば、無料で丸ノコを貸し出してくれる、という。カードなんて煩わしいものを新たに作ろうなど、夢にも思わないが、どうせ申し込んでも審査に落ちるのは分かっている。でも申込書のみ記入すれば、その場で仮カードを発行してくれ、会員特典は受けられるという。ちょうどいい。
というわけで広い店内を、木切れを抱えて歩き、サービスカウンターなるところでカード申し込みをした。こないだ確定申告をやったばっかりだから、年収がいくらだの、すぐに思い出せる。いまいましい数字を書き込んだ。あの数字を思い出すことは、ちょっとしたショック症状を起こしかねない行為だが、これも丸ノコを借りるためなら仕方あるまい。

晴れて仮カードを手にし、貸し出しカウンターに戻ると、私のための丸ノコが用意されてあった。一泊で返せばいいのだそうだが、使い方が分からないし、一応ピアニストなんだから、家でひとりでやるのはおっかなくてしょうがない。指とは云わなくても、机だとかピアノだとか、切ってはいけないものを切ってしまいそうだ。そういうわけで、本当は会員でも買ったものしかそこでは切れないことになっているのだが、店員さんのはからいで、会員様用の工作室を使わせてもらうことになった。悪いこともあればいいこともあるものだ。そこで私はすごい音を立てて、すごい早さで木材をカットした。始めてにしてはうまくできた。気分もスカッとした。その様子をおじさんがずっと見ていた。得意な気分になった。

揚々と家に帰って、棚にあててみた。
しかしなんと、幅が5ミリほど広いせいで、入らない。そもそもの寸法が間違っていたらしい。会員だから、もう一度行けばまた丸ノコを貸してくれるのだろうが、それも面倒くさい。このぐらいなら、自力で削れるかもしれない…‥。
工作道具セットから、簡易ノコを出して、手動で削る。せっかくまっすぐだった断面が多少でこぼこしたが、1時間ほど削ったら、ようやく棚に入る寸法になった。

よし。
カットすることによってささくれた断面をシーリングしよう。仕事は丁寧に、だ。実は昔、左官にはまったことがあって、そういう樹脂のようなものは何種類か持っている。
そこまでやって、あとは乾かすために、その日は寝ることにした。

翌日。
やはり手持ちのペンキで、三枚の板を塗ることにした。これで場所をとる木切れも有効活用できるし、タオルがスッキリ片付きさっととれるようになる、とウキウキしていた。二度塗りの、二度目の際に一度目のペンキがはがれてところどころ ‘ダマ’ になったが、まァ、ご愛嬌。

そしていよいよ、まずは木工用ボンドで天板と足をくっつける。
コーヒーを飲みながら乾くのを待つこと30分。
電動ドリルに穴あけ刃を取り付け、ネジ釘を打つところに穴をあける。
ああ、以前 ’クローゼットに棚を作ってとりつける計画’の時に使って以来の電動ドリル。あのときも私はなみなみならぬ苦労したっけ。
けど今度はうまくやるぞ。
…‥そしてなんとか、まあところどころは汚いが、合格点だ。

さて、組み立てたものを風呂場に持って行ってみると。
…‥天板だけなら入ったのに、足をつけたことによって、回転できなくなり、なんとどうやっても入らないことが判明。それまでのウキウキはどこへやら、もう一気に疲れてしまい、何をする気もうせた。
廊下には棚からおろされたバスタオルの山、居間の床上には工作道具類一式と針金やらボンドやらバラの釘やらネジやらがらくたが散乱、おがくずも少し、ドリルの替え刃やアタッチメントも散らかっているが、片付ける気も起きない。
ふてくされてテレビをつけたら、サスペンスをやっていて、設定50才くらいの女と28才くらいの男が恋愛関係にあるというんで、つい見入ってしまった。
そしてサスペンスが終わって、女と男が悲しい結末を迎えても、散らかった部屋と塗りムラのある、断面のでこぼこした、ネジが陥没した気は良さそうだが頭の悪そうな木工作品がひとつ、デンとそこにあることに変わりなかった。処置なし、である。

同居人はおとといから所用で実家に帰っており、この一連の小さな私の物語をちっとも知らない。ケッ。帰ってきたらこういおう。アンタがソファでお茶飲むときにさ、お茶を置く台を、と思ってさ。

 

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