<83>かつてない休み

<83>かつてない休み
 初めてもらうメールが、『お世話になっております』から始まることに、違和感を感じてきた。

最初は『お世話してませんよ』と小声でツッコんだくらいだったけど、いつからか、確実に少しイラつくようになっていた。『だから、会ったこともないのに、お世話なんてしてないって』、に。

だいたいこういうのは、このホームページのコンタクトから無差別に送信されてくる、スパムや売り込みで、定型をペーストしてるだけなんだろう、もしくは外国の詐欺グループが教えられた日本語 ’もどき’ をがんばって打ったにちがいない、だから正しい日本語でないのも仕方なかろう、と思っていた。実際、読み進むと、やれバイアグラあるぞとか、あなたのホームページはとても魅力的だがもっとアクセスを増やすいい方法があるぞとか、ほとんどがそういう主旨だった(そういえば昔、韓国や中国の化粧品なんかに、ふしぎな日本語説明書がついてたっけ。あれはちょっと可愛くて笑えたけど)。

 ところが、ひょんなことから、履歴書の書き方なるものを検索していたら、なんと理想とされる履歴書の送付状が、『お世話になっております』から始まっている。
 ええ〜正式なマナーだったんだ!

コロナ騒ぎで全てがキャンセル、かつてなかったほどの長い ‘ 休み’ のなか、ひとりちょっと赤面した。


長い休み。
ジブン由来のキャンセルではない、というヘンな安堵も一ミリくらい含んだ、突然ふってわいたような休み。
ひっきりなしに、深刻な知らせが流れ、かといって、’気を紛らわす’ ために娯楽番組を見る気にも、音楽やってるのに(というか録音の後ってのもあって)音楽すら聞く気にならない休み。それを利用して、以前から放ってあった父の遺品のコートを自分用にリフォームしてみよう、と思いついた。

いつも、いいことを思いつくと、目の端の皮がキュッと後ろに引っ張られて、その感じがとても快感(文字通り、豆電球がピカ、と灯った感じ)。このときもそれがあった。しかしちょっと弱めだった。

どおりでなのか、失敗した。
布に傷みはなく、ほぼ新品。お父、買ったはいいが、あんまり着なかったんだなァ。
男物なのに、身幅と肩が広すぎるだけで、首回りはピッタリ。色は何にでも合うカーキ。肩と身幅を詰めて、これに要所要所ビビッドなピンクをほんの少し挿し色するだけで、うまくできたら着倒せる!

…さあ、コートは綿密にやらないと目も当てられないからね。ちゃんと集中してやるぞ。

まずはモノを手洗い。干しも丁寧に。
翌日からリフォーム開始。慎重に、ふだんしない『しつけ』もした。

だがしかし。
なんだかつじつまの合わないことになっちゃって、腕がうまく上がらない。前はいいんだけど後ろから見ると、右側だけ肩の付け根がパッカリ開いていて、左にはシワが寄っている。何度も縫い目を解いてはやり直したが、何をどうやってもどこかおかしい。
信じられない。ミシン歴ン十年のこのワタクシが!
この休み中、どんどん増えゆく酒量。リフォームに行き詰まると、まず飲んで落ち着こう、とする。ますます、物を考えられない。どんどん深みにはまってゆく。持てる知能なら既に総動員した。結果、忍法アキラメの術。

いつも思うけど、縫い物は小さな建築だ。素材の性質や強度、可動性も考えないと、形は成しても、使えるものにはならない。失敗したからといって建築みたいに命に関わりはしないけど、ものーすごく頭を使う。型紙やマニュアルがあったってまあまあ複雑なのに、ないとなれば、なおのことだ。パタンナーという職業は、よくは知らないけど、昔から私にとって『スゴいしごと』の一つだ。

長い休み。
長すぎる休み、になりつつある休み。
息ができないのは本当に苦しかろう。身内の死に目に立ち会えないのも。
せめて医療従事のひとの食事の世話や洗濯・掃除でも手伝いたいが、ひとり家にとどまるのが最善な休み。

リフォーム失敗を機に、縫い物にも飽きて、なぜか石川五右衛門のことを考える。
辞世の句は、<石川や浜の真砂は尽くるとも世に盗っ人の種は尽くまじ>だったとか。

そうか。何の脈絡もなく石川五右衛門を想ったわけじゃなかった。
こんな時でもアカウントを乗っ取られた人から、『開けないでください』と連絡が来たりする。こんな、世界的有事の際にも、どこかで誰かがスパムメールを送っている。なるほど、メールを送るだけなら、’テレワーク’ も可能だ。
そして、我が身も本当に本当にギリギリになったら、犯罪に手を出したりするんだろうか?いやそれは…、などと、たとえ1ミリ程度にしろ、無意識に不安を抱いているからだろう。ああ、フリーランサー。

知らなかったが、釜に入っていたのは湯ではなく、油だったそうだ。五右衛門、煮られるどころか、揚げられちゃうなんて、なんという人生!
さらに思考はさまよう。
狭い暗闇に閉じ込める拷問があるとはいうが、家の中にいさえすれば何をしてもいい、しかも買い物くらいは外出できる、春の日差しが差す窓辺でいくら縫い物をしようが、本を読もうが、酒を飲もうが、動画を見ようが、有意義に使う方法はいくらでもある。それでも10日も続くとクサクサしてくる。
いわんやをや、だ。ああ、ジンルイ。

みんな、『プラス思考で』乗り切ろうとしていたら、こんなとりとめない赤面・失敗・拷問の三本立てで、申し訳ない(ちなみにワタシは自分を『マイナス思考』とは思っていなくて、『わかりにくいヘンクツ』と捉えている)。

せめて、最後に ‘ 新作・洗えるスリッパ( 『宇宙』 、ならびに 『魚』)’ をアップ。
もちろん、この禍が早くブラックホールに吸い込まれ、戻ってこれないところへ飛んで行くことを願ってやみません。
みんな、元気で!!