<33>東京について
- 2006.02.12
- column
考えたら、私はもう東京に長く住んでいる。生まれは地方だ。高校卒業と同時にひとり東京へ、ふつうに出てきた。
2年前、私はブエノスアイレスにいて、なんだかとても気の合う友人ができ、その人に、東京で暮らすのは好きか?と聞かれた。何年も考えたことがなかったことだから、そういえばどうなんだろう、と2、3秒考えたが、好きだ、と口が勝手に答え、意外だった。
そうだ、そう云えば私は東京が好きなのかもだぞ、と地の球の裏にて思った。
東京での住処はここが3軒目。
最初のアパートの時代、世界は闇の中だった。2軒目はほんの3ヵ月住んで、音で苦情がきてすぐ引っ越した。3軒目は探しに探して、気に入ったところにした。日当たり、水まわり、遮音性。部屋だけは何があっても自分の味方にできるよう。
東京はヒトの住むところじゃない、ゴミゴミしていて人は冷たい水マズい、ひしめきあって息がつまる、なんでも溢れかえっていて疲れる、などと、いまだによく聞く。ほんとにそうだ、と思う時も多い。事実そのとおりだ。
ときどき東京を離れると、人がとれたての野菜を食べ、清々空が広がっていて、視界が開けるのを見ては、なんと自分はケチなところにちまちま暮らして、大事なことを忘れているんだろう、と思ったりする。
そう、大事なことを忘れてる、ような気分にさせられるのだ。
東京ではそんな景色を見ていないからなのか、東京を離れてそんな景色を見るからそう感じるのか、どっちだか。だけどそもそも、大事なものなんて、ホントにあるのかどうか。
そんなだから、旅は好きだし、よくするが、東京を離れてしばらくすると落ち着かなくて、実は東京に帰りたくなってしまう。故郷であっても、長くいられない。
今、私は自分の東京のこの部屋を、自分のすみか、と実感できる。ついの住処ではないが、少なくともここがワタクシのリアリティだ、と思える。『本当の私』なるものがどこか違うところにあるはずとは思えない。
よく、ラジオなどで、故郷について、『アキさんは大好きなんですね?』『故郷いのちですね!』などと聞かれるが、素直に、はい、と云ったことがない。よくて、まあ、そうですかね。たいてい、故郷に好きも嫌いも…、と憎たらしく答えてしまう。
でも正直なところだ。ただ、大事にしなくっちゃ、と無意識にいつも思っている。親や家族と同じ。選べないもので、好きや嫌いより、もっと自分との境界線があいまいなもの。
でも、東京は、今、好きだ、と云うだろう。故郷じゃないからだ。選べる。選んだ。
土地の神、って絶対にあると思う。東京の神様もこんなにたくさんの人間が次から次へと集まって来て、大変なことだろう。私なども、もしかして意外と早く、この土地が好きだと思わせてもらった方なのかもしれない。好きという感情も、何かの許しあってはじめて持てるものだと思うのだ。
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