<77>トカゲのトリトン
- 2014.08.30
- column
ツアー中、いろんなものをいただくが、生き物、しかも爬虫類を貰ったのは、今回が初めてだ。
これまで人生、爬虫類と暮らすなんて考えたこともなかったが、そこは旅の空、何が起こるかわからない。『ひと夏のアバンチュール』が起こるのと同じ原理で(たぶん)、ふとメラッときて、『飼っちゃおうかな』と思ってしまったのだ。
この夏、北海道ツアー中、社長(と、とある人を呼んでいる)が、釧路弁でなにかボソボソ喋っていて、その語尾に『トカゲ、やるわ』と聞こえたときには、あまりに唐突で驚きもしなかった。ポカンとしてる私をよそに、『餌はハツを買って来てたま〜にやればいいし、道東は寒いけど東京だったら温度も大丈夫。留守が多くても大丈夫。犬や猫よりも簡単、鳴かないし、ケース入りなら飛行機で持ち帰れるし、うんぬん』。
翌日、北海道の回転寿司チェーンの‘トリトン’北見店で、打ち上げしようということになり、駐車場で社長と待ち合わせると、『寿司食ってる間に考えれ』と、20センチ四方のケースを渡された。そのケースから、社長が赤ちゃんトカゲを取り出した。んー、かわいいじゃないか!
おなかがぺこぺこだったので、とりあえずはスズキ×スズキの車に、トカゲ入のケースをおき、トリトンに入った。寿司、おいしかった。寿司に夢中で、今後トカゲと暮らすかどうかなんて、そんな実感のないこと、考えようがなかった。しかも、2、3日後にライジングサンて夏フェスの大舞台が待ってて、その曲順すらまだ決めてないのに。
そして、満腹になって、トリトンを出るなり、社長は『じゃあな』とそそくさ、走り去ってしまった。
スズキ×スズキの相方、鈴木裕氏が運転するハイエースの助手席で、私は携帯で『サバンナモニター』(社長から聞いたトカゲの種類名)を検索してみると、これが、とんでもないことがわかった。
まず、一年以内に体長1メートル(知らなかったけど、モニターって、大トカゲって意味だそう)、確かに大人になったら餌は毎日やらなくてもいいが、ベイビーのうちは毎日コオロギをやること、ゆくゆく180センチの水槽が必要で、紫外線ライト、ヒーターなどの設備が必要、つまり電気代を食う、おなかが空くと暴れて、餌をやるときに指をけがしやすい、うんぬん。
ハイエースの車内には、さんさんと日が当たっていて、ケース内の温度計は33度。膝にケースを乗せ、活発に動く姿を見て、滑稽な奴だな、とか思ってるうち、そうだ、もし猫を飼うならルキウスって名前にしよう、と思ってたんだった、と思い出した。古代ローマの兵隊の名。奴を見ながら、ルキウス、と呼んでみた。ルキ?うーん、何かちがうな。やっぱ、トリトンだな!トリちゃん?ん〜、ぴったし!
けどもネットでいろんな人の飼育記を読んで、ホントに自分に飼えるのか、車が次のライブ地、美瑛に近づくにつれ、気が重くなってゆく。おいおい、ホントに飼うのかよ?ついおとといまで考えたこともなかったのに?
運転中の裕氏に、自分がホントはどうしたいのか知りたくて、あれこれ話しかけた。彼はいつも思慮深く、正しい判断をしてくれる。けど、さすがにいいオトナがうっかり貰ってしまった大トカゲをどうするべきかなんて、返事のしようもないだろう。
コンビニで休憩の際、駐車場にたくさんコオロギやバッタが落ちてるので、それを集めた。生きてるやつも必死で捕まえた。トリトンのケースに入れてやると、急に首をぬうっと伸ばして、舌をちょろちょろ出し始め、最後に勢いよくカプッと食べた。先の割れてる舌をみて、ああやっぱし爬虫類だ、とハッとした。あとで知ったけど、そのへんのコオロギなんかは、寄生虫がいることがあるのであんまりおすすめじゃないらしい。でも、美味しそうに食べていた。
だんだん日が陰って来て、温度はどんどん下がっていった。それにつれ、トリトンの動きがなくなっていった。ふむふむ、これがネットに書いてあった、温度が下がると休眠モードになる、ってやつか。短時間でトカゲのことをいろいろ知ったような気分になった。もうすっかり情が移っていた。
ふと気になって帰りの飛行機会社のサイトを見ると、生き物の持ち込みはダメだった。ならば、と検索したら、ペット宅急便なるものを見つけ、電話を何度か転送されたあと、東京に移送するには5万円かかることが判明。
そりゃあ、無理だ!
悩みに明確な答えが、抵抗しがたい理由によって完璧な答えが、出たことにホッとして、飼い主を探すことにした。むろん、ものすごく複雑な気持ちだった。
美瑛では、飼い主探しのため、スズキとスズキの間にテーブルを置き、そのテーブルの上にトリトンケースを置いてライブ。みんなおそるおそるケースを覗きはするが、飼う!という強者はいなかった。
裕氏や、同行の女友達は、ツイッターやらメールやらで、どうにか道内で飼ってくれそうな人を捜してくれている。ああ、いい大人なのに、優柔不断だったがためにみんなに迷惑かけて。でもトリトンはみんなに心配され、愛されている。トリー、なんて、語尾上げで呼ばれて。
なかなか飼い主候補があらわれず、あーこれは神サマが、もしくは帰幽した父が、『お前が飼えよ』と云っているのかもしれない!あー、うー、ますます悩みは深くなってゆく。ライジングの曲順なんて、考えられない。
美瑛の夜は冷え込んだ。みんながトリトンが冷えすぎないかを心配していた。
翌日、ついに札幌入り。
いよいよ明日はライジングサン。立派なホテルに入らせていただく。もちろんトリトンも一緒。
チェックインして、久しぶりにひとりになったので、じっくり考えようと、座り心地のいいイスに座って、寒くて置物みたくなっているトリトンを、手のひらに乗せてそおっと両手で包んでみる。体温が伝わって気持ち良さそうにしている。もぞもぞ動きかけたが、そのまま手のなかで寝てしまった。安心しきっているように‘見え’る。うう、かわいい!!
高級ホテルの17階から外の景色を見下ろしながら、手のひらにトカゲを寝かせているワタシ。こんな稼業だけどこの子を養っていけるかしら?電気代払えんの?餌代は?毎月、10年も?指噛まれたらライブできないよ?それに今はこんなに小さいけど、あっという間に1メートルだよ?うんこもおしっこもするよ?うーむ。
堂々巡りな頭に、朗報がはいった。
裕氏のつてで、全く知らない人ではあるが、大阪の人がぜひ飼いたいと云っている、とのこと。Yさんと云って、すでにサバンナモニターを一匹飼っており、飼育環境も整っていて、家族もみな協力的とのこと。でも大阪って。
ふと、爬虫類に詳しいひとなら、輸送の方法も知っているかもと、Yさんに聞いてみた。すると、ゆうぱっくいかがですか、とのこと。
即座にみんな眉をひそめる。あー、この人ダメだな。生き物をゆうぱっくで送れば、なんて。転売目的か、きっとそんなもんだよ。そんな人にトリトンを預けられないよねえ ・・・皆で文句つけつつ、ふとゆうぱっくで検索してみると。
なんと、送れるものの例として、トカゲとあるじゃないですか。さっそく郵便局に行ってみると、千いくらで送れる、という。
いよいよ、抗い難い事情は消え去り、自分が飼うか、Yさんに託すか、の逃げ場のない難問と直面せざるをえなくなった。あーもう、何でもかんでも自分で決める人生、いや!(自分でそういう人生を選んどいてよく云うよな)。
Yさんは、非常にノリ気らしく、頻繁にメールをよこす。いずれにせよ、何かYさんにお返事しといたほうがいいよ、との裕氏の的確なアドバイスにしたがって、返事した。
『今、道内にもうひとり欲しい方がいます。明日までに決めてご連絡します』
もうひとり欲しい方、というのはまぎれもなく、アタシのこと。ハアー。
翌朝。
すばらしいお天気。いよいよライジングサン。
晴れ渡った札幌の町を見下ろしながら、ふと、Yさんに託そう、と思った。
やはり自分は留守がちだし、Yさんの
『他にも候補がいらっしゃるんですね。では二番手としてご連絡待ってます星マーク星マーク』
という、それまでの熱意からして、意外にあっさりした感じが、なぜだか決め手だったように思う。
『Yさんに飼っていただくことにしました。明日ゆうぱっくでお送りします』とメール。
『ありがとうございます!ゆうぱっくなら追跡できますので、追跡番号がわかった時点で教えてくださいビックリマーク星マーク星マーク』
『ちなみに今の時点の写真あったら送っていただけませんか星マーク』
シェルター(ケース内に入れてやった、身を隠すための箱)の外につかまって、立ったまま寝ぼけてズザーっと落っこちてはまた立ってを繰り返している半眼のトリトン写真を送ってやった。
『とてもかわいいですね星星星』
高級ホテルのエアコンは寒かろうと、ヒーターのある便座の上にケースを置いて、ライジング会場へ向かった。
ライブは最高の出来!ミュージシャン用の食事もとても美味しくて大満足、くったくたになって明け方ホテルに着いた。皆トリトンの様子を見に私の部屋へ寄った。トリトンは寝ていた。みんなで名前を呼んで、う〜んこりゃ確かにかわいいわ。爬虫類がこんなにかわいいとは知らなかった、と口々に云って帰っていった。
翌日も素晴らしいお天気。ライジングサン見学デー。
裕氏と女友達とで郵便局へ行き、みんなでトリトンを見送った。局員の人はやけに愛想良く、ハイではしっかりお届けしますからね〜などと云いながら手続き。
ああなんと爽快な寂しさ!あとは、とにかく無事についてくれますように。けどああ、ホントに寂しいぞ!ライジング見学中も、山下達郎氏を見ながら、トリトンのことが何度も頭をよぎった。
二日後、札幌でツアー最終日の朝、Yさんから写真つきのメールが送られてきた。
『元気で到着しましたビックリマークビックリマーク ありがとうございました星星星』
よかったね〜よかったね〜、と、トリトンに一度も会いはしなかったけど、いきさつを知った人たち、および『飼わないかメール』を貰った人たちも、口々に云った。
飛行機出発が遅れて、成田からの終電もバスも逃し、途中からタクシーで帰宅という思わぬ散財をした私が、荷物と疲れとトリトンロスでぐったりしてやっと家にたどりつき、ドアをあけようとしたその瞬間、足下からチョロチョロっと何かが一緒に家に入った。ヤモリだった。おもわず『トリトン!』と云ってしまった。疲れもふっとんだ。
それから二日間、姿を見なかったので、ドアのすき間から出て行ったか、と落胆していたら、その翌日、玄関で発見。喜。その後、名古屋へライブしに行って、三泊空け。帰宅して、さすがにもういないだろう、もしくは餓死かと気にしつつ、ふっと見上げた天井にトリトンジュニアがいた。じわーっと嬉しさがにじむと同時、この子はこの数日何を食って生きてたんだろう?と気がかりになった。
というわけで目下の悩みは、このヤモ子を(とちゅうから呼び名はトリトンジュニアからヤモ子に変わってしまった)、放ってやるか、飼育するか、だ。ああ悩みは尽きない。ちなみにヤモリは生きた虫しか食べないそうだ。うんこもするそうだ。
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