<54>春の家庭訪問

<54>春の家庭訪問

千葉の田園、新芽のまぶしい土気(とけ)町のNAJA(ナジャ)での写真展に、無事搬入できた。土の気と書くだけあって、本当に足下から芽が出そうな気分になる場所だ、特にこの時期。17日にまた歌いに行く。それまでホッとひと息。

放っておくと、どんどん人とご無沙汰してしまうたちなので、こういう機会に旧交・新交あたためようと、家庭訪問をはじめる。年明けからずうっと風呂場にこもって写真を焼いていて、人と喋っていなかったから、ちゃんと喋れるかドキドキしながら、各家のドアを叩く。

まずは、1月に渋谷から町田にお引っ越ししたBさん宅。仕事で都心に出るのに、バスに乗らねばいけない、とか、エアコンが壊れるくせに『フィルタを掃除します』とか喋るそうで、文句を云いつつも、町田生活を満喫している様子。喋るエアコンがたまに『お風呂にしますかお茶にしますかって聞くんだゼ』など、相変わらず反応しづらい冗談を云っている。

次に行ったのは、知人が知人の畑を手伝うというので、ウキウキついていって、じゃがいもの種付けを手伝った後お邪魔した、畑の主のお宅。庭に利休梅が咲いている。リキュウウメではなく、音読みには音読みだからリキュウバイだよ、と教えてもらう。紅茶にウイスキーを入れていただくと、絶妙。暖炉で腰を暖めながら、園芸の本を一冊熟読しておいとました。

続いて、千葉のミヨちゃんの実家。九十いくつ、というおばあちゃんが、にこにこ出迎えてくれた。居間をちらりと見ると、大きな熱帯の植物が天井にぶつかって、天井にそってまだ伸びようとしている。このうちでは、室内で珈琲の木が実をつけて、それを煎って抽出した一杯を、家族10人くらいでまわし飲みしたそうだ。このお宅で、もみじの木をもらって帰った。

その後、C師匠宅。師匠はこないだ手術したばっかりで、行くと玄関に酒屋の段ボールが届いていた。そして私が居るあいだに、その酒屋から電話があり、あれは配達ミスで、お宅に届くべきものは酒瓶一本だった、今から回収しにゆく、とのことだった。師匠は、届いてすぐに段ボールを開け、全部の瓶をちょっとづつ飲んでおけばよかったと笑った。娑婆に帰ってきたことが嬉しい様子。

つぎ、D師匠宅。C師匠に快気祝い酒を送った主で、なんと段ボールで届いたようですよ、と云うと、病人に酒を送るオレもどうだかな、と笑っていた。D師匠もこれから入院するらしい。年齢を重ねるってそういうことなんだなあ、と思う。目の前は小学校で、プールと満開の桜と子供たちが見える。私のお金にまつわる不幸な事件の話を、親身に聞いてくれた。

そして、E君宅。二年前亡くなった妻のお骨が、今も室内に置いてある。友達の多い人で、いつも誰かしら仕事や遊びで訪ねて来ているのだそうだ。久しぶりに会った瞬間から、おなかをグーグー鳴らしていて、相当おなかがすいていたらしい。午后4時ころ、スパゲティをつくると立ち上がった。不思議な味だった。レコーディングの話などして帰った。

翌日、夜。Fちゃんのおうちにお邪魔する。この世の諸問題を片付けるべく、お茶を飲みつつ世間話、のつもりが、日本酒になった。結局、おいしいごはんをつくってもらい、最後に彼女が御徒町で見つけたという、絶品うぐいす豆をいただき、自転車で帰宅。春になったなあと思った。たくさん喋った。

さらに翌日、歌手のGさん宅に。美しき公園の隣に住んでいる。多くは喋らない人だけど、ご本人も云うように『お調子者』的ところがあって、喋っていると楽しい。やはりお茶からはじまりシャンパン、白ワイン、つまみも用意して下さっていたようで、またごちそうになった。夜、バス、電車を乗り継いで帰った。この日が家庭訪問のトリだった。

もちろん異性と飲むのも楽しいが、特に女同士で飲むのが、年々どんどん楽しくなっきている。これは社会現象なのらしい。で、だいたいそういうときに話している内容は、私と彼女ならでは、ということでもなく、それも社会的現象なのらしい。どんどん自分がふつうの人だったことが分かってくる。尋常だった、と云うか。孤独ではない、というか。まあそれはもしかしたら、ニーチェだかって人が’畜群’と呼んだものかもしれないが。

みな多かれ少なかれ、何かしらの事情があって、アタクシだけが一方的に個人的諸問題または自慢を披露しているわけでもなく、相手も用心もなく垣間見せてくれ、アハアハと笑ってまたね、と別れる。
ああ、ワタクシの地上の人生にて、出会う一人一人の人生がいろんな深さを持って流れているなあ・・・などとしみじみ思っていてふと気がつけば、待てよ、これはおばあちゃんたちのアレだと気づいた。そういや『会って、語り合う』という、いちばん大切で美しきことを、道ばたで、病院待合室で、畳の上で、おばあちゃんたちはみんな’自然に’やって来てたんだっけ。しかもしょっちゅう、時間をかけて。いやもちろん、ホンネで語り合わなかったら、たいして美しきことでもないが。

そういえば海外で私が撮ってきた写真には、おばあちゃんに限らず、道ばたで話し込んでいる人たちが、なぜだかたくさんある。実は東京ではあんまり、少なくとも私は、見かけなくなってしまった光景なのだ。

ともあれ、今月末には、知り合って二度目のHさんと飲み、Iちゃんが私を家庭訪問しに来る。来月の初め、埼玉のJ夫妻を訪ねる。ああワタシよ、働きなさい。

 

                                                                 photo by Sonoko Kimoto

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