<22>父というもの
- 2004.07.17
- column
2、3日前に実家から電話があり、いつものように、お前はちっとも連絡をよこさない、元気なのかそうでないのか、いったい日々何をしているというのか、と、始まった。
何してるって・・・。
でも思えばHPにライブのスケジュールがのってない日は毎日がお休みだ、と思って下さる人もいるのだから、親にしてみたら、ますます不可解なことだろう。
その前置きが終わると母が、『17日にお父さんが東京へ出張だから、アンタ、会ってやるさ。』と云ったので、私は『ああ、うん。』と返事をした記憶がある。私の返事はナマ返事に聞こえるものらしいが(つまり、プすぅー、という返事をしてるのだろう)、いつもわりと、ちゃんと理解した上で云っている。つもりだ。その証拠にちゃんと今日の夕方以降は空けておいた。
そして17日今朝、実家に電話してみた。
『あ、お父さん?今日どこへ泊まる?』
むろん、食事をするならホテルの近くまで出て行こうと思っての質問である。
『あ、今日は赤坂。何だ?』
『あれ?今日ご飯は?』
『ホテルで粥を食べる。』(父は数年前に顎下腺の大きな手術をしたのでだいたいそういうものを食べている。)
『う・・ん。で、どうする?』
『どうするって?』
『あれ、ご飯一緒に食べるじゃないの?』
『そんな約束したっケか?』
『うん。あ、お母さんが云ってたと思ったよ。』
『そうか。・・』
『あ、別にいいけど。忙しければ。』
『うん・・。別にいいか?』
なんだか変だ。何を遠慮しあってるんだろう、今さら。
『うん、じゃあ・・。』
『そうか。悪いな。』
悪いな、って・・。何か変だなあ。
『はいはい。じゃあね。』
『・・お前、お金に困ってるだか?』
えー?
『ちがうよお。じゃあね。』
そして電話を切る。
今まで父とこういう妙な距離感のある会話をした記憶がない。なんだ、今夜彼は特別な用事でもあるのだろうか?
可笑しいなあ、と思ってと、電話がなる。
『・・お母さんがご飯でも食べろ、って云っただか?』
『うん。あ、でも別にいいよ。』
『そうか。ほいじゃあな。』
父は手術をしてからというもの(もともと変わった人ではあるが)、食べるものが限られているせいもあり、誰かと食事をするのを好まない。口の周りにいろんなものがくっついてしまっても、少し周辺の神経が麻痺傾向にあり、気付けないので、きっと気を使い疲れてしまうのだろう。
娘と云っても、家の中以外でわざわざ食事するのもおっくうなのか、まあ、そこら辺は父個人の世界である。
午后になって近所の川の草の上を走りに行くと、後ろから携帯電話をかけているオジサンの声が聞こえてきた。声の近づくペースから、自転車にのってるんだなあ、と思いつつなんとなく聞いていると、
・・・うん。うん。ですからねえ、娘はバイオなんですよ。ソニーのしか使わないもんだからねえ。・・はあ。あ~あ、そうですか。いやあ、買ったばっかりでね。ええ。・・ええ。まあ、じゃあ、ひとつちょっと詳しい方に聞いてみていただけませんかね。はあ、はあ。あいっ、どうぞよろしくっ。
オジサンの娘がソニーのパソコン、バイオを持っていて、そのことで何か知りたいことがあって、オジサンが代わりに回りの人に尋ねている、という図か。
その時、オジサンの自転車が私を追いこす。
ひょろっとした、後頭部の少し薄くなったお父さん。紺の夏用の背広。中の白いワイシャツが透けて、背広生地の二重になったところとの境がくっきりとわかる。自転車のカゴはクニャクニャとサビて、ところどころ網が裂けている。娘はバイオを持っているというのに。
オジサンも自転車もちょっとくたびれた風情だが、電話で話す声に、なんだかサラサラとした明るさがある。
父というもの。ふっ、と笑いがもれてしまう。
・・・と、ここまで書いて、トイレに行き戻って来た、まさにその時、電話が鳴った。父からだった。
今日は体の調子が悪いけどがんばって銀座へネクタイを買いに行った。そしてブレザーを買った。この夏はそれで行く。もう粥も食べた。・・・元気そうだな。
そういう電話であった。
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